今回は、愛知県半田市の小林歯科医院を例に、既存の歯科医院を増築・改修する際の考え方をご紹介します。
今回のご要望は、
「診療スペースを増やしたい」
というものでした。
既存建物は比較的築年数が浅く、建て替えるのではなく、現在の建物を生かしながら増築する計画です。
一見すると、増築した部分にそのまま診療チェアを追加するのが分かりやすい方法に思えます。
しかし、実際に検討してみると、それだけでは診療効率や建築コストの面で別の問題が生まれることが分かりました。
増築部分に診療室をつくることが、最適とは限らない
当初の条件のまま増築部分へ診療チェアを配置すると、既存の消毒・印象コーナーやレントゲン室から距離が離れてしまいます。
歯科医院では、診療チェアだけでなく、
・消毒・印象
・レントゲン
・器材の準備
・スタッフの移動
など、さまざまな機能が連動しています。
診療スペースだけを増築部分へ移動すると、スタッフの移動距離が長くなり、日々の診療オペレーションに負担が生じる可能性がありました。
もう一つの課題が、敷地の高低差です。
既存建物と増築部分には地盤レベルの違いがあり、患者さんが利用する空間として床をバリアフリーにつなげようとすると、増築部分の床を高くする必要があります。
その結果、基礎や構造など建築側の負担が増え、コストアップにつながることも懸念されました。
そこで、単純に「増築した場所へ診療室を増やす」のではなく、既存建物と増築部分の役割そのものを見直すことにしました。
既存部分と増築部分の役割を入れ替える
提案したのは、既存建物にあった院長室やスタッフルームなどを増築部分へ移し、その空いた場所を新しい診療スペースとして活用する方法です。
既存建物の中心部に診療スペースをまとめることで、消毒・印象コーナーやレントゲン室との距離を大きく変えずに、診療チェアを増設できます。
一方、増築部分にはスタッフ関連スペースやキッズスペースなどを配置しました。
こうすることで、
診療オペレーションの効率を保つ
患者さんの主要な動線はバリアフリーを維持する
増築部分の床高さを抑える
必要以上に建築コストをかけない
という複数の課題を同時に整理できます。
増築というと「外側に新しい部屋を足す」ことを考えがちですが、既存建物の用途も一緒に見直すことで、より効率の良い計画になる場合があります。
コストをかける場所と、抑える場所を整理する
今回の計画では、増築部分すべてを既存の診療空間と同じ仕様にする必要はないと考えました。
患者さんが長い時間を過ごす待合室や診療室には、素材や照明などの予算を重点的に配分します。
一方、スタッフ関連スペースなどでは、必要な機能や耐久性を確保しながら仕様を整理しました。
建物全体を一律に豪華にするのではなく、どこにコストをかけることが医院にとって効果的なのかを考える。
増築や改修では、この予算配分も重要な設計の一部です。
既存の雰囲気を消し、新しい診療空間へ
改修前の診療室は、白を基調に濃い木目をアクセントとしたインテリアでした。
改修後は、柔らかなグレイッシュオークや間接照明を加えることで、明るく落ち着いた印象へ整え、既存の雰囲気が感じられない状態に仕上がっています。
待合室や廊下にはカーペットを採用し、医院内を歩く際の音や空間の硬さを抑えました。
一方、まだ十分に使用できるものや、既存のデザインに馴染んでいる部分は無理に交換せず、そのまま生かしています。
築年数の浅い建物だからこそ、「新しくする場所」と「残す場所」を選ぶことも今回の改修では重要でした。
歯科医院では、患者さんが見る「天井」も大切
診療室で特に意識したのが天井です。
歯科治療では、患者さんが診療チェアに横になり、長い時間天井を見ることになります。
そのため今回は、天井の一部に木目を取り入れ、間接照明を組み合わせました。
白い天井だけで構成するのではなく、木の質感や柔らかな光が視界に入ることで、少しでも緊張感を和らげられる空間を目指しています。
これは一般的な室内ではあまり意識されない部分ですが、患者さんの姿勢や滞在時間から空間を考えることも、医院設計では大切だと考えています。
待合・受付は、良い部分を残しながら機能を更新する
受付・待合エリアは、既存の建物形状や基本的な配置を大きく変えていません。
受付カウンターは、2人のスタッフが使いやすいようにスペースを拡張しました。
一方、患者さんから見えにくい場所にある収納など、再利用できるものは既存のまま使用しています。
待合室では、
・商品展示
・テレビ
・掲示スペース
・収納
などの機能を整理し直しました。
見た目を新しくすることだけではなく、現在の医院運営に合わせて使い方を更新することを重視しています。
長い廊下を、単なる移動空間にしない
待合室から診療室へ続く廊下は、比較的長い動線となります。
そこで、廊下の壁面にオークのルーバーを設け、その上部に間接照明を組み合わせました。
その際も既存の間接照明を再利用し、足らない分だけ追加しています。
長い廊下をただ歩くだけの空間にせず、木のリズムと柔らかな光によって、診療室へ向かう患者さんが落ち着いて移動できるようにしています。
サインは、分かりやすさもデザインする
診療室の入口には、それぞれの番号が分かりやすく見えるサインを設けました。
医院では、初めて訪れる方や高齢の方、子どもなど、さまざまな人が施設を利用します。
そのため、サインは装飾としてだけでなく、迷わず目的の場所へ移動できることも重要です。
空間全体のデザインに馴染ませながら、必要な情報が自然に目に入るようにしています。
増築は「面積を増やす」だけではない
今回の計画は、
「診療室を増やしたい」
というご要望から始まりました。
しかし検討を進めると、
・診療スタッフの動線
・消毒・レントゲンとの位置関係
・患者さんのバリアフリー
・敷地の高低差
・既存建物の再利用
・建築コスト
など、さまざまな条件が関係していることが分かります。
そこで、単純に増築部分へ診療室を追加するのではなく、既存建物の用途を再編し、診療スペースを既存部分へ集約しました。
増築とは、単に建物の面積を増やすことではありません。
今ある建物をもう一度見直し、何を残し、何を移し、どこを新しくするのかを整理する。
その結果として、診療効率、患者さんの使いやすさ、建築コストのバランスが取れた計画をつくることが重要だと考えています。
執筆:イクスデザイン 小林正和